実話系犯罪ドラマのジレンマ

 実際に起きた事件を基に作られたドラマや映画は、近年、非常に人気があります。以前も少し書きましたが、代表的なところだと『アメリカン・クライム・ストーリー』や『マインドハンター』などは、高い評価と人気を得ています。

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 特に、Netflixはこのジャンルのヒット作を立て続けに送り出しており、10月21日に配信が始まった『ダーマー モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』も世界各国で視聴ランキングトップ10入りを果たしています。猟奇殺人犯ジェフリー・ダーマーの事件はかなり有名なので、ドラマを観ていなくても彼のことを知っている人はいると思います。

 

 現在、世界中でヒットしているこのドラマですが、一方で実際の事件の遺族から批判の声も上がっています。詳しいことは以下のELLEの記事を参考にしてください。

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 問題視されているのは、このドラマを作るにあたって、遺族の了承を全く取っていなかったことにあります。実話ものであっても、遺族に了承を取らないケースはよくあることですが、特にこのドラマの場合は、被害者側の視点に寄った作りになっていることから、批判の対象になっています。

 

 この件について意見を述べれば、読者の皆さんから賛同を得られるか、あるいは反感を買うかして、この記事も盛り上がるのかもしれませんが、私はこのドラマをまだ観ていません。ということで、この件については私の意見は述べません。その代わりに、別の実話系犯罪ドラマのケースを2つ紹介していきます。

 

 

『令嬢アンナの真実』の場合

 今年2月にNetflixで公開されたリミテッドシリーズ『令嬢アンナの真実』も世界的にヒットしました。このドラマは、ロシアの富豪令嬢だと身分を偽って人々から金を奪ったアンナ・デルヴェイの事件を描いています。詐欺事件なので、殺人事件ほど深刻ではないとはいえ、被害者はいます。その一人が、アンナの友人だったレイチェル・ウィリアムズです。

 

 このドラマは、なぜかアンナに対して、かなり同情的な描き方をしています。そして、あたかもレイチェルを悪人であるかのように見せています。『令嬢アンナの真実』を観た人の中には、アンナよりもレイチェルの方に反感を抱いた人もいるのではないでしょうか。裁判で実刑判決を受けたのはアンナであるにも関わらず。

 

 なぜ、このドラマがそんな奇妙な印象を与えるのか。ヒントは、U-NEXTで配信されているHBO製作のドキュメンタリーシリーズ『ジェネレーション・ハッスル』第4話「マンハッタンを手玉に取った女 アナ・デルヴィー」にありました。扱っている内容はドラマと同じですが、気になるテロップが出てきます。

 

「アンナ・デルヴェイ本人は契約の都合上出演できません」

 

 この”契約”とは何かといえば、Netflixとの契約です。仮釈放中のアンナは、自身のインスタグラムで『令嬢アンナの真実』の宣伝もしています。この契約のおかげで、アンナは大金を獲得しました。また、ドラマのおかげでアンナはフォロワー数は60万人以上増え、ついに世界中の人々から注目される存在になりました。現在のフォロワー数は、108.2万人です。

リンク:Anna Delvey (@theannadelvey) • Instagram photos and videos

 

 一方、レイチェルはHBOと契約したので、ドキュメンタリーにも出演しています。Netflixのドラマでは、ほとんどの人物には偽名が使われていますが、レイチェル・ウィリアムズは実名です。レイチェルの弁護士いわく、レイチェルがHBOと契約したことをNetflixが快く思わず、ドラマでの描き方が露骨に悪くなっているのではないかと主張しており、Netflixに対して訴訟を起こしています。

 

 ちなみに、HBOのドキュメンタリーも完全にレイチェル派というわけではありません。アンナ側の弁護士も出演しており、レイチェルの事件後の行動を批判している発言も収録されています。双方の主張を提示しているので、私はNetflixのドラマよりHBOのドキュメンタリーの方がずっと誠実だと思いましたし、観ていて面白かったです。

 

『インベスティゲーション』の場合

 実話系犯罪ドラマの課題をいくつか挙げてきましたが、実はすでに一つの解決法が編み出されています。それは、北欧のドラマ『インベスティゲーション』(スターチャンネルEXで配信中)で実践されています。この作品は、2017年に女性ジャーナリストが潜水艦の中で殺害された事件を扱ったものです。

 

 このドラマでは、被害者が全く画面に映し出されません。生前の姿も遺体になった姿も見ることはありません。さらに、犯人もほとんど出てきません。犯人は最初から潜水艦の持ち主だとわかっているのですが、この男が犯行を行っているシーンや事情聴取を受けているシーンは存在しません。この事件では遺体が切断されているので、ドラマの中で犯行の様子を多少でも見せればショッキングシーンが作れたはずですが、そうはしませんでした。

 

 『インベスティゲーション』は、被害者や加害者にはほとんど焦点を当てることはなく、ひたすら刑事たちの捜査、そして遺族の悲しみを丁寧に映し出します。おそらく、実際の事件に関わった刑事たちや遺族からの全面的な協力があったからこそ作ることができたドラマです。とても地味ですが、見応えのある作品になっています。

 

 実話系犯罪ドラマであっても、このような作りならば、関係者を傷つけることはないでしょう。しかも、被害者がジャーナリストであったことを考えると、事件をドラマ化することでより多くの人に知ってもらえたことにも意義があったように感じられます。

 

 

実話系犯罪ドラマのジレンマ

 基本的に、実話系ドラマは、実在の誰かを傷つけている可能性が非常に高いです。関係者の了承を取っていることは少ないですし、たとえ了解があったとしても、事件の被害者にトラウマを再体験させてしまうことはあり得ます。これに関しては、本人がドラマを観なければ解決する問題だと思いますが、他にも課題はあります。

 

 ドラマが作られることで、加害者が利する場合があります。金銭的な利益の場合もあれば、世間からの注目という利益の場合もあります。猟奇犯罪者の中には、人々から注目されたい願望を持っているタイプもいるので、そのような人物にとってはドラマ化は絶好の機会です。

 

 最悪の場合、ドラマで描かれた加害者に憧れるフォロワーを生んでしまう可能性もゼロではありません。フィクションですが、大ヒット犯罪ドラマ『ブレイキング・バッド』に影響されて実際の犯罪を行った人は何人もいます。

 

 それならば、すべてのドラマが『インベスティゲーション』になれば良いのでしょうか。被害者と加害者にはフォーカスせず、それ以外の要素にのみ着目した犯罪ドラマです。そういったドラマが作られるのは良いことだとは思いますが、さすがにそれだけでは限界があるような気がします。

 

 私たちはNetflixではありませんし、ドラマを作ることはまずありませんから、視聴者としての心構えに関してだけ意見を述べておきます。実話系犯罪ドラマは、フィクションです。あくまでもエンターテインメントだと割り切って鑑賞しましょう。事件を知りたいなら実際の事件に関する文章を読み、エンターテインメントを楽しみたいならドラマを観てください。もし、実話系ドラマが作られることが加害者にとってメリットになることが気になるなら、そもそもどんな種類の実話系ドラマも観ない方が良いでしょう。面白いドラマは、フィクションの世界にいくらでもあるのですから。