昨年から現代ビジネスのWeb版で公開されている「映画を倍速視聴する若者たち」に関する記事が話題になっています。若者たちというのは、主にZ世代、西暦2000年前後に生まれた世代のことです。
ドラマも「切り抜き動画」で観る…「倍速視聴派」Z世代の視聴実態(稲田 豊史) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
自分は、まさにそんなZ世代の一人。スマホとSNSの世界で育ちました。私自身は海外ドラマに関するブログをやっているほどの映画・ドラマのファンであり、何十時間もある海外ドラマであっても倍速視聴をすることはありません。一方で、倍速視聴をする背景には理解出来る部分もあります。
今回は、映画とドラマのファンであるZ世代の自分が「映画を倍速視聴する若者たち」について考えてみました。倍速視聴の背景から、近年のヒット海外ドラマの要因、さらに今後の映画が本質的に従来のものとは別物になっていくのではないかということまで語ります。
倍速視聴は許されるのか?
ほとんどの映画やドラマのファンは、倍速視聴をしないと思います。その中には、倍速視聴など許されないと主張する人もいますが、個人的には倍速視聴をしても構わないと思っています。正直、他人がどんな視聴の仕方をしようと勝手なので、干渉する必要はありません。
倍速視聴をする人たちには、同情すべきところもあります。現代人は忙しいのです。それなのに、映画やドラマ、アニメの数はひと昔前より格段に増えています。話題になっている作品についていくだけでも、時間は全然足りません。
白状すると、私自身は倍速視聴をしたことはないのですが、流し見をすることはしばしばあります。自分も、話題になっているドラマも観ておこうかなという気持ちになって観始めることはあります。それが面白ければそのまま観るのですが、そうではないときもあります。本来ならば、つまらなくなったところで視聴を辞めれば良い話です。
でも、一方で「これほど話題になっているドラマならばシーズン後半で面白くなってくるのかもしれない」という淡い期待を捨てることが私にはできません。優柔不断なのです。そこで、スマホや何かを片手にいじりながらも、とりあえず全部観ることがあります。
こうやって観たものは、たいてい最後まで観ても面白くありません。自分でも、一介のドラマファンとして、これは不誠実な視聴方法だと思っているので、SNSでもブログでもこのドラマの感想を書くことは一切ありません。でも、ただ世間や友人との話題についていきたいというだけなら、倍速視聴をする人の気持ちもよくわかります。
「正しい感想/考察」
記事の後半は、SNSでは感想ではなく考察を言うような風潮があり、好きなものを好きと素直に言いにくい窮屈さがあると述べられています。
SNSで「無邪気に」感想が言えない…Z世代の「奇妙な謙虚さ」(稲田 豊史) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
その理由としては、映画の感想に正解があるような気がしているからではないかと思っています。SNSにアップした感想は、基本的に誰もが読むことができ、誰もがコメントを付けることができます。その中には、その考察/感想は違うだろう!と言ってくる奇妙な輩もいます。
そのせいで、あたかも考察/感想に正解があるように感じてしまうことがあります。似たような話で、ツイッターの映画界隈でたびたび巻き起こる「面白くない映画を面白くないと言って良いのか」論争があります。結論は決まっています。面白くないと思ったなら、面白くなかったと言って良いんです。
それでも、こんな反論もあります。「その映画を好きな人もいるんだから、面白くないなんて言うべきではない」と。別に”その映画を好きな人”を批判しているわけではなく、映画を面白くないと言っているだけなのですから、この反論は見当違いです。それでも、この意見に囚われる人は少なくなく、それゆえに論争は何度も起こっています。
この論争も、映画の感想に正解があるのではないか、という不安から生じています。面白いと評判になっている映画は、自分も面白いと思わなければいけない。そうでないと、映画の見方がわかっていない人だとバカにされてしまう。あるいは他人を傷つけてしまうのではないか。そんな不安を抱えている人もいますし、映画通であっても正解があると本気で思っている人もいます。
映画の感想/考察に正解などありません。YouTubeの考察動画やインフルエンサーの投稿は正解ではありません。しかし、正解があると思っている人が実際にいて、何かしらの意見を言ってくる以上、窮屈さを感じるのもわかります。余計なことを言ってくる人など無視をすれば良いじゃないかと言うのは簡単です。でも、文句を言ってくる人のためにわざわざメンタルをすり減らすくらいなら、”正解”を言った方が気楽なのかもしれません。
切り抜きやすいコンテンツ
記事の中で、短編動画として切り抜きやすい作品の方が話題になりやすいということが書いてありました。短くてインパクトのある場面は、そこだけ切り取ってYouTubeやTikTokなどで拡散されるためです。
ドラマも「切り抜き動画」で観る…「倍速視聴派」Z世代の視聴実態(稲田 豊史) | 現代ビジネス | 講談社(4/6)
これ、もの凄く納得しました。というのも、今最も海外で人気のあるドラマの一つは切り取りやすい場面が満載の作品だからです。そのドラマというのが『メディア王~華麗なる一族~』(原題 Succession)です。
アメリカのケーブルテレビ局HBOが製作している『メディア王』は、現在までに3シーズンが放送され、同局が放送するドラマの中で最も話題になっている作品です。2020年のエミー賞では作品賞(ドラマ部門)を受賞し、2022年での受賞も確実視されています。
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『メディア王』のストーリーは、とてもクラシック。巨大メディア企業の創業者一家によるドロドロの跡継ぎ争いを描く本作は、シェイクスピアの戯曲『リア王』をベースにしています。あらすじだけを聞くと重厚そうなので、気軽な作品を好むと言われる若い視聴者に受け入れられそうにありません。
でも、実際に本編を観てみると、その印象は大きく変わります。『メディア王』は真面目なドラマのフリをしていますが、実際には半分以上がコメディです。風刺、下ネタ、ブラックジョークなどなど、どぎついネタも多いですが、思わず爆笑してしまう場面もあります。
それらの場面は、そこだけ切り抜いてもインパクトが強く面白いのです。真面目な会議の場面に「What's up motherf**kers!」と言って登場したり、トイレの中で暴れまわったり、人間の背中を足置き代わりにしたり。どれもこれも人間としてまともじゃない行動ばかりですが、切り抜いてもインパクトが強く、インターネットミームになる条件が揃っています。バズワード、バズモーメントがたくさんあります。
もちろん『メディア王』はミームだけのドラマではありません。切り抜き動画では伝わらない面白さがあるからこそ、エミー賞などでも高く評価されています。おそらく、SNSに投稿されたミームを見て初めて『メディア王』を知った人が本編を観て、その面白さを知ったというパターンも多いんじゃないかと思います。実際、一番視聴率が高かったのもシーズン3の最終話だそうです。後から追って観た人が多かったということです。
『メディア王』の成功により、今後も似たような作品が登場すると思います。その中には、ミームになりやすい場面ばかりで構成され、結果的に大失敗をするような作品も出てくるでしょう。切り取りやすい場面が多い作品の方が話題になりやすくなっている時代でも、本当に人々を惹きつけるのは、ストーリーであったり演技であったり、必ずしも切り抜くことのできないものなのです。
まとめ―現代映画の変容―
現代では映像作品はそれ自体を楽しむものではなくなっているのかもしれません。作品について話したり、語っている動画を見たり、そういった付属的な行動を楽しむのがむしろ本質になっているのかもしれません。
このことは、別に新しいことではありません。同じ映画やドラマを観た人たちと話すのは楽しいですし、昔からやっていることです。誰かが『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドのモノマネをしているのも見るのも楽しいです。最新映画について語る動画を見るのも面白いです。
コンテンツが増えているのは事実ですが、それ以上にコンテンツに付随する動画が増えています。1本の映画が公開されたら、キャストへのインタビュー動画が公開され、一般人による考察動画があふれ、SNSでは○○を観たという投稿が大量に出現します。現代の2時間の映画はそれ単体では存在せず、それを起点にしてさらに数百時間のコンテンツを生んでいます。
現代の映画は、あくまでも話題の起点に過ぎないのかもしれません。それならば、映画自体を楽しめないとしても、どのような映画であるのかさえ知っておけば、他のコンテンツや友人とのコミュニケーションを十分に楽しむことができます。ちょっと極端な話ではありますけど。
こういった急激な変化は、受け入れがたいと感じる人も多いでしょう。それでも、近年、生活様式は劇的に変わってきています。これまでは考えられなかった倍速視聴も、今後の社会では一つの視聴方法として受容されていくのかもしれません。
おしまい