なぜ高校の物理はつまらないのか?物理に興味が持てないのも仕方がない2つの理由

 数年前、とあるきっかけで物理教育の研究をされている方の講演を聞く機会がありました。その中で、高校生の嫌いな教科に関する調査のデータが紹介されていました。それによると、高校生の一番嫌いな教科は「物理」だそうです。しかも、この事実は何十年も変わっていないと言います。

 

 私自身は、今も大学院で物理を学んでいる者なので、この世に数少ない物理好きの人間ということになります。高校生のときから物理をやりたいとは思っていたので、正直、この調査結果は意外でした。ただ、改めて考えてみれば、十分納得できる結果だと思います。

 

 高校生の嫌いな教科といえば、もう一つの定番は「数学」です。でも、高校数学にはそれなりにファンがいます。高校数学を面白いと思う人が少なからずいるからこそ『大学への数学』という雑誌は60年以上も刊行され続けていますし、学力コンテストも毎月盛り上がっています。

 

 翻って、高校物理にはそのような盛り上がりはありません。「数学オリンピック」というものは聞いたことがあるかもしれませんが、「物理チャレンジ」は聞いたことがないですよね。そういうことです。なぜ、高校物理はこれほど人気がないのでしょう? 私は、2つの理由があると思っています。

 

 

1.現実的でない

 理科は、基本的には現実に即した事象を扱います。生物は植物や動物のことを扱い、地学は地球や惑星のことを扱い、化学は原子や分子のことを扱っています。いずれも実態があり、何を学んでいるかが直感的にわかりやすいです。

 

 では、物理は何を扱っているのかと言えば、高校では主に「力」と「電磁気」です。力も電磁気も概念としては身近なものですが、実態はありません。そのため、そもそも論で力や電磁気について考え始めてしまうと、簡単に袋小路に入ってしまいます。

 

 また、物理は抽象的な学問です。例えば、よく言われるように、力学では空気抵抗を考えないことが多いので、実験結果が力学の公式から計算した通りになることはありません。電磁気の勉強をすると、電磁石のことがよくわかるかもしれませんが、だから何だという気持ちにもなります。現実をそのまま教えてくれるわけでもなければ、役に立つことを教えてくれるわけでもない。高校物理は、現実離れした学問のように見えます。

 

2.中途半端な論理性

 ただし、現実離れした学問といえば、数学も同じです。数学をそのまま適用できる機会は、日常生活ではまずありません。でも、高校数学には一貫した論理性があります。それこそが、一部の高校生たちを惹きつけている理由です。

 

 高校数学は、中学までに学んだ算数や数学をベースに、論理的に内容が進んでいきます。中学までに座標の概念をきっちり学んでいるので、ベクトルの概念を導入することになっても、それは自然な流れであるように見えます。数学には、自己完結した論理性があり、それまでに学んできた数学だけを知っていれば、内容を理解することができます。

 

 一方で、高校物理はそうではありません。物理にも一貫した論理性はあるのですが、高校段階では、そのことを理解するのは困難です。運動方程式と力学的エネルギー保存則と運動量保存則は、互いに関連のないものとして別々に教わります。だから、なぜ運動エネルギーが「mv^2」ではなく「1/2mv^2」でなければいけないのかも、よくわかりません。

 

 数学では、三角関数の加法定理から2倍角の定理や半角の公式を導きます。でも、物理では、運動方程式から力学的エネルギー保存則や運動量保存則を導くことはしません。ゆえに、高校物理は一貫した論理性を示すことができず、あたかも世の中にはどこから出てきたかよくわからない公式がバラバラと存在しているのだという不可解な世界観を見せることになります。

 

 

提案

 これらの課題を解消するためには、高校物理は、公式や知識を教えようとするのを完全に放棄してしまえば良いと思います。中途半端に、知識と論理性の両方教えようとするから、混乱します。これからの社会では、暗記には意味がありませんから、論理性だけを教えれば良いと思います。

 

 物理の論理性というのは、物理の公式なんかよりもよっぽど価値があるものです。なぜなら、物理は「数学」という論理言語を用いて自然を記述する学問であるからです。数学の実用性がわからない人が世の中にはいるそうですが、物理を知れば、そんなことは言っていられないでしょう。

 

 物理は、数学が決して現実離れした学問ではないことを示すのに役に立ちます。数学は、あくまでも論理言語です。その応用例の一つが、自然を記述することであり、それは「物理」と呼ばれています。プログラミングに応用するなら、それは「情報技術」などと呼ばれます。一度、具体的に物理を学んで、数学=論理言語の使い方を知れば、物理や数学以外でも論理を駆使することができるでしょう。

 

 そのためには、物理が一貫した論理性を持った学問であり、その方法でもって自然現象を表しているのだということを示す必要があります。力学ならば、ニュートンの運動の三法則を第一原理として、他の法則を導いていくのが良いでしょう。微分や積分の知識が必要になるかもしれませんが、それならどんどん微分・積分をすれば良いと思います。

 

 電磁気学はやっかいです。そもそも、大学で物理を勉強していても、電磁気学の第一原理が何かを理解するのは、ちょっと難しい。たぶんマクスウェル方程式だろうというのはわかるのですが、そこからクーロンの法則とビオ・サバールの法則が導けるのかどうかは自明ではありません。でも、確かにマクスウェル方程式からクーロンの法則とビオ・サバールの法則を導くことはできます。ゆえに、マクスウェル方程式を第一原理とすることは、ひとまず問題ありません。

 

 とはいえ、マクスウェル方程式は微分方程式です。先ほどの導出に関しても、大学レベルの微積分やベクトル演算の技術が必要です。高校でやるにしては、どうしたって難しすぎます。

 

 ただ、便利なことに、高校物理はこの点に関しては、すでに解法を見出しています。マクスウェル方程式は、ガウスの法則やファラデーの法則として教えられていますし、ビオ・サバールの法則はアンペールの法則として教えられています。こうすると、一様な場合などに限られてしまうとはいえ、微積分をなくした形にできるので、高校でも教えられます。であれば、一貫した論理体系をここに見出して、教えることもできるでしょう。

 

 熱力学は捨てましょう。高校では比熱や熱容量、内部エネルギーの定義くらいしか教えないので、何が面白いのかさっぱりわかりません。熱力学も、熱力学の三法則を第一原理として理解していけば、体系づけられた学問であることがわかります。それに、そもそも熱力学とは「エネルギー」の学問なので、物理学においては根本的に最重要の分野でもあります。

 

 ただ、緻密な議論を必要とする割に、出てくる結論は直感的で当たり前に感じられるものだったりするので、高校物理の時間を使って学ぶには効率が悪いです。大学でやれば良いと思います。

 

 あと、もっと新しい物理の話もちょっとしてみるべきです。相対性理論や量子力学は、高校段階ではきちんと教えることはできませんが、内容的には一番面白いところです。物理学科の学生の中で、高校物理が面白くて物理を選んだという人はいません。みんな、宇宙論や量子論のトピックが面白そうだと思って選んでいます。そういったトピックに興味を持つきっかけぐらいは、高校物理にも含めることができるのではないでしょうか。

 

 

高校物理は面白くあるべき

 高校物理がつまらないのは、由々しき事態です。今、勉強のできる高校生は、みんな医学部に行ってしまいます。でも、医者なんて、ある程度の学力と技術があれば、誰にでもなれます。本当に頭が良い人が医者になるのは、才能の無駄遣いです。

 

 歴史上の頭が良いと言われている人は、ほとんどが数学者か物理学者です。アインシュタインの業績はよく知らなくても、アインシュタインが世界一頭の良い人だということは誰もが知っています。そのくらい、頭が良い人といえば、本来、大学で数学や物理を学んだり研究したりするものなのです。

 

 本人がやりたくないことをやらせるわけにはいきませんが、物理は本当に面白い学問です。それを、高校物理は台無しにしています。高校物理は、高校生に物理の面白さを教えることに失敗し、人類の知をさらに伸ばすことができたかもしれない才能を発掘することに失敗しているのです。

 

 高校の物理の先生たちが、それぞれに工夫をしているのは知っています。でも、高校物理は、土台から再構築する必要があります。公式を暗記させるものではなく、論理体系を教え、最先端の物理に触れられる機会にしなければいけません。そうしなければ、日本の物理の未来は決して明るいものにはならないでしょう。