映画館至上主義という幻想~映画館は純粋に映画を楽しめる場なのか?~

「やっぱり、映画は映画館で観るのが一番だ!」

 

 そんなことを言う映画好きは少なくありません。しかし、それは本当なのでしょうか? もしかしたら、映画好きが長年に渡って妄信し続けている幻想に過ぎないのではないでしょうか?

 

 映画監督のクリストファー・ノーランやスティーブン・スピルバーグを筆頭に、映画は映画館でこそ観るべきであり、配信はおまけに過ぎないと主張する人はいます。仮に、そのような主張を映画館至上主義と名付けましょう。そして、映画館至上主義ほど強い主張ではないしても、映画は映画館で観るのが一番で、配信はそれに準じるようなものだという主張を、緩い映画館主義とでも呼んでおきましょう。

 

 始めに言っておくと、これ以降の話は映画館至上主義および緩い映画館主義を取っている人にとっては、あまり気持ちよくないものになります。なぜなら、私はこれから映画館が過去の遺物であり、映画館主義は映像文化を衰退させる危険性すらあるという主張をするからです。映画館至上主義はリッチな特権を持つ者しか取り得ない立場です。「映画館こそ至高の映画体験だ」と盲信的に語り続ける映画ファンは、改めて考え直すべき時期に来ています。

 

 その主張をする前に、まずは映画館のメリットをまとめておきましょう。

 

メリット

  • 大スクリーン、大音量
  • 最新の映画を観られる
  • 観客との一体感

 

 メリットは、主にこの3点だと思います。ただし、2つ目の最新の映画を観られるというメリットは、近年ではほとんど事実ではありません。配信映画ならば世界同時公開となるのが一般的ですが、劇場公開映画では本国での公開から何ヶ月も経ってから日本で公開される洋画がほとんどです。

 

 例えば、アカデミー賞を受賞した映画『コーダ あいのうた』は、日本以外では動画配信サービスのApple TV+で2021年8月に公開されましたが、日本ではその5ヶ月後の2022年1月に公開されました。アメコミ映画でも『スパーダ―マン:ノー・ウェイ・ホーム』は、本国から約1ヶ月遅れで公開されました。

 

 インターネットがない時代ならば、公開時期の遅れは大した問題ではなかったかもしれません。しかし、インターネットの現代において、1ヶ月というのはネタバレが世界中に広まるのに十分すぎる時間です。そのため、劇場で最新映画と銘打って上映したとしても、体感としてはほとんど旧作のようにすら感じられます

 

 3つ目に挙げた「観客との一体感」は、そのままデメリットにもなり得ますが、それは後で話します。大スクリーンで観られるというのは、未だに映画館鑑賞の大きなメリットです。4DXやIMAXといった特別な上映形式も、映画館でしか得られない経験です。大音量はヘッドホンがあればどこででも再現できるので、映画館主義が主張する映画館のメリットの大部分は、大スクリーンが占めています。

 

 次に、デメリットを見ていきましょう。

 

デメリット

  • 鑑賞料金が高い
  • 迷惑な客によって鑑賞が妨げられる可能性がある
  • 地方では映画館が少ない

 

 デメリットの1つ目は、鑑賞料金が高いということです。特に、日本の映画鑑賞料金が他国と比べても高めだと言われています。大人が1回映画を観るだけで1,900円です。動画配信サービスの中で高価だと言われているU-NEXTでも、月額料金は2,189円であることを考えると映画館での鑑賞はかなり割高だと感じます。ただし、料金の高さは人によって感じ方が違いますから、ひとまず保留しておきましょう。

 

 2つ目は、他の観客によって映画鑑賞が邪魔される可能性です。「観客との一体感」の裏返しと言って良いでしょう。自分が映画を楽しんでいる最中に、隣の席の人がスマホをいじり出したら、その明かりは目に入ってきてしまいます。これでは、せっかく暗い劇場の中で観ている意味がありません。

 

 別のケースもあります。他の観客の笑い声が漏れ聞こてくるのは、映画館で観客同士の一体感を得られるメリットだと考えている人もいるかもしれません。でも、その笑い声が変なときに聞こえてきたらどうでしょう。これは自分の実体験なのです。

 

 映画の中の登場人物が自分の鼻を洗面器に叩きつけて鼻の骨を折ろうとしている場面で、ある1人の観客が笑い出しました。他の観客は、自分も含めて全く笑っていません。ちょっと怖かった。その場面1回だけならともかく、奇妙なタイミングでの笑い声が何度も続くと、そればかりが気になってしまい、映画に集中できなくなってしまいます。

 

 映画館で映画を観ているときの方が、家で観ているときよりも作品に集中できるというのはです。感動する映画を観ているとき、家と劇場だったらどちらの方が実際に涙を流しやすいでしょう。笑い声に関してはどうでしょう。おそらく、映画館では他の観客のことを気遣って、感情を表に出しにくいのではないでしょうか。一方で、家で一人で、あるいは親しい知人や家族と観ているときなら、もう少し自分の感情に正直になれるはずです。

 

 映画館の3つ目のデメリットが地域格差です。「映画は映画館で観るべき」だと主張する人は、都市部で生まれ育った人に違いありません。都市部ならば少し電車に乗ればいくつも映画館がありますが、そうではないところだってあるのです。

 

 自分が生まれ育ったのは、そんなところでした。県内には、最新の映画を上映するシネコンは1個しかありませんでした。しかも、実家から少なくとも1時間半はかかる場所にあります。加えて、鑑賞料金は決して安くはありませんから、映画館に行くのはちょっとした贅沢でした。映画はそのときから好きでしたが、映画館には年に1回程度しか行きませんでした。

 

 距離の問題以外に、地方にはもう一つの問題があります。上映されない映画があるということです。県内に映画館が1個しかない場合、楽しみにしていた映画がそこで上映されなかったらもうおしまいです。隣の県に行くという選択肢もありますが、そう簡単ではありません。隣の県も地方だった場合、こちらでも上映されていない可能性だってあります。

 

 これこそが映画館至上主義の最大のデメリットです。ある映画が、映画館でしか上映されないとしましょう。それがスーパーヒーロー映画でもない限り、地方の映画館で上映されることはまずないでしょう。地方の映画ファンは、劇場映画を観ることができません。後に配信で観ることはできますが、劇場映画であることのメリット(大スクリーン、最新作、一体感)は一つも享受することができません。

 

 であるなら、最初から配信であっても同じではないか、いやむしろ良い選択肢なのではないかと思うのです。配信公開をすれば、地方の映画ファンでも話題の作品を楽しむことができます。劇場公開をするなと言っているわけではありません。したければすれば良いと思います。しかし、配信と同時に公開することを批判するのは、ナンセンスです。そのような主張は、自分が都市部に住んでいることの特権を無意識にさらけ出しているだけです。

 

 そもそも、たとえ劇場公開にこだわったとしても、今の若い人は映画館になど行きません。それなりに映画が好きな人であっても、配信リリースされるまで待つという人も少なくありません。鑑賞料金が一つのハードルになっているのは確かでしょう。日本では給料は上がらず物価ばかりが上がっているとはよく言われますが、映画料金に関しても例外ではありません。映画館で映画を観る代わりに、そのお金をネットフリックスか他の遊びに使えば、おつりがきます。

 

 映画館で観た方が良い映画は確かにあります。それは、大スクリーンで観るメリットが、他のデメリットを十分にカバーするような作品です。この条件を満たす作品はもっぱらハリウッドの大作映画であり、これらは地方でも上映される可能性が高いので、デメリットも少ないと言えるでしょう。そのような映画は、映画館で積極的に上映する価値があるでしょう。もちろん同時に配信リリースをしても構いませんが。

 

 でも、そうではない映画、つまり都市部でしか公開されないような映画は、劇場での公開に限定するべきではありません。配給会社は、劇場公開で利益を最大化するために本国での公開から何ヶ月も寝かせておきますが、地方の人はどうせ映画館では見られないので、さらに数ヶ月後の配信・DVDリリースまで待たされることになります。このような映画館の地方格差についてのデメリットは見過ごされがちです。

 

 それは配給会社の話だとしても、緩い映画館主義者にも、一度考えてみてほしいことがあります。「映画館こそ至高の映画体験だ」というのは、映画ファンの単なる思い込みではないでしょうか。映画館に行くことのメリットの一つは友人と楽しめる点であり、そのことには全く文句はありません。でも、ここでは映画ファンの話、つまり映画を作品として純粋に楽しみたい人たちの話をしています。果たして、映画館は本当に映画を純粋に楽しむ場として最適なのでしょうか?

 

 映画館では、映画マナーの悪い人に遭遇する可能性があります。映画マナーの悪い人がいた場合、純粋な映画鑑賞の機会は奪われます。大スクリーンのメリットをほとんど享受できなくなる場合だってあります。そのようなリスクがあるにも関わらず、映画館主義者は「映画館こそ至高の映画体験だ」と言い続けます。

 

 自分が観たい映画が上映される映画館が近くにあり、高い映画鑑賞料金を払うことができ、映画マナーが悪い人が全くおらず、できれば自分以外の観客がいない状態ならば、映画館は至高の映画体験になり得ます。しかし、それは理想に過ぎません。家で同等の、あるいはそれ以上の映画体験ができないというのは思い込みです。

 

 今はテクノロジーの時代なので、多少の設備を整えれば、家でも十分な視聴環境を整えることができます。そうすれば、配信映画を含め、より多くの映画や壮大な海外ドラマを存分に楽しめるでしょう。映画館が好きならば好きで構いませんが、現代は映画館だけの時代ではないのですから。

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